大判例

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東京高等裁判所 昭和40年(行コ)37号 判決

控訴人

湘南設備興業有限会社

右代表者

奥山大次郎

代理人

戒能通孝

被控訴人

平塚市長・加藤一太郎

代理人

石井正一

外池簾治

主文

取判決を取消す。

被控訴人が控訴人の昭和三八年一月八日汚物取扱許可申請につき同年一月一四日にした不許可処分を取消す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、以下に付加するほか、原判決事実摘示のとおりである。

(控訴人の主張)

一、原判決摘示事実第二(一)冒頭の「原告は」から同三、四行目「現在の商号を使用するに至つているものである。」までの部分を次のとおり訂正する。

現在控訴会社代表者である奥山大次郎は、昭和三四年二月二一日訴外岩田芳登とともに富士興業有限会社(以下富士興業という)を設立してその取締役となり平塚市内におけるし尿(屎尿)清掃事業を営んでいるうち、尿浄化槽(以下単に浄化槽ともいう)専門の施設・維持・管理・清掃の業者となることを志し、昭和三六年四月ごろ岩田と別れて富士興業を去り、個人として浄化槽専門の清掃等の業者となつた。その際富士興業の従業員の一部は奥山に従つて同社を去り、同社が浄化槽についてもつていた地位声価は実質上奥山に移り、奥山は平塚市のほか小田原、藤沢、箱根等において浄化槽の施設・維持・管理・清掃の事業活動を行なつて来た。昭和三六年一一月奥山は神奈川県大磯町所在の清掃業者湘南興業有限会社(以下湘南興業ともいう)の代表取締役小池正に認められて同社の取締役となつたが、同社の仕事を全部任されるに至り、実質上奥山がその経営者となり、大磯町の汚物清掃に加えて前同様平塚市その他の浄化槽清掃等の事業を手広く行ない、湘南興業は浄化槽関係では事実上奥山の個人経営化した。そうするうち前記(原判示)のとおり昭和三七年五月一二日厚生省環境衛生局長通知により浄化槽汚物の収集(清掃を含む)業務が市町村長の許可を要することとされた(翌年一月一日実施)ので、これを機に奥山は湘南興業の事業のうち浄化槽関係を分離することとし、昭和三七年一一月二日控訴会社を設立しその代表取締役となり、引続き前記浄化槽関係の事業を営んでいる。なお箱根町についてはすでに同町長から清掃業の許可を得ている。≪以下省略≫

理由

一、控訴人が昭和三八年一月八日被控訴人に対し、清掃法第一五条第一項にもとづき平塚市(特別清掃地域に含まれる)における汚物取扱業の許可申請をしたところ、被控訴人は同月一二日発信、同月一四日到達の書状により控訴人に対しその不許可の処分をしたこと、控訴人が右許可申請をしたのは、従来事実上清掃法による汚物として取扱われていなかつたところの、し尿浄化槽汚物につき、昭和三七年五月一二日厚生省環境衛生局長通知環発第一六二号で、これを同法による汚物として特別清掃地域においてその収集等業務に市町村長の許可を必要とするとされたためであること、以上の事実は当事者間に争いない。

二、控訴人は本件不許可処分は被控訴人が裁量権を逸脱、濫用したものであると主張するので、以下この点について検討を加える。

清掃法は汚物を衛生的に処理し生活環境を清潔にして公衆衛生の向上を図ることを目的とし(同法第一条)、特別清掃地域内にあつては市町村が汚物を収集、処分する義務を有するものであつて(同法第六条)、汚物の収集、処分、またこれに関連する清掃の業務は少くとも特別清掃地域内では公共的なものであることは疑を容れない。ただその方法として市町村が直接これをすることなく汚物取扱業者に委託して取扱わせることもできるので、同条第一五条による汚物取扱業の許可の必要がここに生じるのである。しかも同条その他の法令に許可の要件を定めていない(後記清掃法第一五条の二が後に付加されたことは別)。これらの点からすると、市町村長がその公共団体の実情、政策のもとで、清掃法の目的に照らし、どの業者をしてどの範囲で汚物の清掃、収集、処分をなさしめるか、汚物取扱業を許可するかどうかは、市町村長の自由裁量に属するものというべく、その意味で一般の営業に関する保健、警察上の許可とは趣を異にするものがある(なお昭和四〇年法律第一一九号により、汚物取扱は市町村が直接これをするのが困難な場合にのみ、一定要件のもとに例外的に汚物取扱業を許可する建て前となつた。同法第一五条の二)。

しかし、汚物取扱業が営業として成り立ち存在する以上(なお特別清掃地域外では自由営業である。)、営業の自由の原則上、前記清掃法による許可についても、業者の営業の意思、過去の実績、地位などを故なく冒してはならないのであり、また不合理な差別待遇などをしてはならず、かような配慮を欠いた許否の処分は市町村長の裁量の限界を超える違法な処分ともなり得るものといわなければならない。

三、ところが本件の場合、以下のような特殊の事情が存在する。

(一)  <証拠調の結果>を総合すれば、前記事実摘示控訴人主張の項一、の事実、すなわち奥山大次郎(控訴会社代表者)について富士興業から湘南興業を経て控訴会社設立に至るまでの汚物取扱業における経歴、実績を認めるのに十分である。控訴会社自体の設立は昭和三七年一一月二日であるけれども、奥山を中心に考えれば、営業実績は、遅くとも岩田芳登とたもとを分つた昭和三六年春ごろ以来実質的に継続していると考えるのを妨げない。しかも奥山は一般清掃ではなく浄化槽の設置、維持管理、槽内汚物の清掃、収集、処分を事業目的とし、一般清掃に比べて知識、技術を要するその方面の勉強、実地経験も真面目にやり、平塚市内においても右汚物清掃、処分の顧客、件数は他の業者に比べて多かつたことも認められる。控訴会社もまさに右事業を目的として設立されたものである。

(二)  ところで、前記のように昭和三七年五月一二日厚生省環境衛生局長通知(翌年一月一日実施)のあるまでは、浄化槽汚物は清掃法にいう汚物として行政上取扱われていなかつた。そこで特別清掃地域においても業者は事実上自由にその取扱業務を行なつており、許可を得た一般汚物取扱業者が兼ねて右業務を行なつていたほか、奥山ないし湘南興業、控訴会社のように許可なく(もつとも右会社は平塚市以外で汚物取扱業の許可を得ている。)浄化槽汚物の取扱業務を行なつていた業者も存在し、中にはいわば不良業者というべき者もあり、浄化槽の普及にともない、環境衛生上その取扱の監督を厳にする必要を生じ(不良業者の排除もその一つに含まれる。)、かくして前記局長通知が発せられるに至つたものであつて、このことは当審証人<省略>の証言及び本件一切の資料を総合して認められるところである。

(三)  <証拠調の結果>を総合すると、昭和三七年当時、平塚市においては富士興業のほか有限会社東海清掃社など全部で六つの汚物取扱業者が許可を得ており、市の指導で地域を分け業務に従事していたことが認められる。しかし右六業者は一般汚物の取扱を主たる業務としており、右地域分けも槽浄化汚物を含めてなしたものではなく、浄化槽汚物について専門にこれを取扱つていたのは前記のとおり奥山の湘南興業、控訴会社であつた。ところが前記局長通知が出たため、奥山としては浄化槽汚物の取扱について新たに許可を要することとなつた反面(前記の経緯からみて、奥山の浄化槽汚物取扱は、違法と認められながら事実上黙認されていたというわけではなく、市当局はじめ誰もが許可を要すると考えていなかつたことが明らかで、奥山に責はない。)、前記既存一般汚物取扱業者は奥山ないし控訴会社に右許可が与えられなければ、おのずからその分の顧客を自分達に取り入れることができる結果になり、浄化槽設置者が増加するにともない、一そうその利益が増大することは明らかである。

(四)  しかも浄化槽汚物の取扱が従来の一般汚物取扱と質的に異なるものがあることはさきにみて来たとおりであつて、一般既存業者の実績は浄化槽汚物取扱の適格性に何等加うるところのないものであり、この点に関するかぎり、前記局長通知以後は前記六業者は控訴会社と全く同じく新規業者の立場にあるわけである。

四、これに関連して、控訴人は右局長通知自体の違法、違憲を問題としている。しかし右通知は清掃法にいう「汚物」の解釈に関する行政庁の見解を明らかにしたものにすぎず、新たな法律関係を設定したものではないから、その形式の当否の問題はあつても、既存業者の既得権に直接法的な影響を及ぼすものではないから、右控訴人の主張は当を得ない。

五しかしながら、前記三に認定のところからすれば、右局長通知により行政上の取扱が変つた以上、浄化槽汚物の取扱に関し、奥山ないしその主宰する控訴会社及び他の六業者を同例に扱い、全員浄化槽汚物取扱の適格性を審査し、許否をし直すのが筋道であつたと思われる。もしかような措置が行政上不適当であるなら、控訴会社の本件許可申請(後記乙第五号証及び本件弁論の全趣旨によれば、浄化槽汚物取扱に限る趣旨と認められる。)に対しては、特別の不適格性がない限り、これを不許可とすることは、奥山ないし控訴会社の営業上の地位、利益を、他の六業者と不当に差別して冒すことに帰し、ひいて平塚市の公益にも適合しないこととなるものといわなければならず、本件不許可処分は被控訴人の裁量権の限界を越え、その行使を誤つた違法なものといわなければならない。

六、もつとも<証拠=乙第五号証>によれば、本件不許可処分には一応三点の理由が示されている(原判決事実摘示被控訴人の主張(イ)(ハ)(ニ)がこれに該当し、ほかに被控訴訴人は原判決摘示被控訴人の主張(ロ)を加えて主張する。)。本件許可申請に対し、本来被控訴人が自由裁量権を有する以上、行政目的からする右諸点の認定は一応尊重すべきであるが(当裁判所として納得できない点もあるけれども、不当の問題は生じても直ちに右認定を違法とすることはできない。)、これらの諸点は、前記のような理由から本件不許可処分が裁量権の逸脱であるとする認定を妨げるほど決定的なものではない。右不許可理由のうち、既存六業者で平塚市の清掃業務は充分間に合うとの点、控訴人に許可を与えれば業者間に無用の摩擦が生じるとの点は不許可理由の中心をなすものであろうが、前者については、前記認定のところからすれば、控訴会社の実績を抹殺して既存業者の業務範囲を拡張することによつて間に合わせるというに帰着し、従つて控訴人を業者に加えない方がかえつて著るしく不当であるといえるし、後者については、行政指導等によつて解決すべきであり、従来の一般汚物取扱にあたつてなされた業者間の調整の実績からみて、浄化槽汚物取扱について別個の調整をなし得る可能性は十分あると思われ、浄化槽関係だけについて業者間の摩擦云々を強調するのは不可解である。

(<証拠>を総合すれば、奥山が富士興業を去るに際し岩田との間に営業のいわゆる繩張りに関する何らかの約定があつたとも察し得られるが、両者の供述に喰い違いがあり、仮りにかような問題が本件の背後関係として存在するとしても、本件訴訟の判断には影響がない。)

七、以上の理由により、当裁判所は本件不許可処分は行政事件訴訟法第三〇条に該当するものとしてこれを取消すべきものとし、これと結論を異にする原判決を取消した上右処分を取消し、訴訟費用について民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(近藤完爾 田嶋重徳 小堀勇)

〔参考〕第一審判決理由(横浜地方昭和三八年(行)第五号、同年七月一日第一民事部判決)

(一) 原告の主張(二)及び(三)(1)(イ)記載の各事実、即ち従前し尿浄化槽内の汚物は清掃法第六条第一項にいう汚物に該当しないとして、その収集、運搬等の営業活動には許可が必要でないとされていたのが、昭和三七年五月一二日付厚生省環境衛生局長通知環発第一六二号により特別清掃地域(平塚市も含まれる)においてし尿浄化槽内の汚物収集を業とする者も昭和三八年一月一日よりは市町村長の許可を受けなくてはならぬことと定められたこと、これに従い原告は昭和三八年一月八日被告に対し汚物取扱業許可申請をなしたところ、被告は同月一二日発信、同月一四日原告方到達の書状により不許可処分をなしたことは当事者間に争いない。一方清掃法には同法第一五条第一項の適用に関し同法付則第三、四項に経過規定が設けられ、同法施行時(昭和二九年七月一日)に特別清掃地域において既に汚物取扱業を営んでいる者つまり既存業者については同法施行時より二ケ月以内に既存業者たる旨の届出があればそれだけで以後許可を受けた業者とされる旨規定あること又届出がなされていない時でも同法施行後二ケ月間は既存業者は従前どおりの営業活動をなしうると定められていること明らかである。

(二) そこで前示通知(通達)により、し尿浄化槽内の汚物の収集業務についても業者は市町村長の許可を必要とすると定められた場合に清掃法付則第三、四項等の経過規定が許可申請業者に対し適用乃至準用されるものなのか否かを検討することとする。

まず法の経過規定なるものは法の施行時点における新旧両事態の調整を目的とするものであり、本件の如き法施行後に生じた事態にはその適用あるいは準用をみないことは明らかである。しかるに本件においては原告は法施行後の事態が判断の対象となつているに係らず、経過規定の適用ある旨主張するのでかような主張を容認し得べき余地の存するものなりや検討を加える。元来清掃法第三条の「汚物」にし尿浄化槽内の汚物が含まれるものであることは法解釈上明らかであつてそれ故にこれが収集業者も同法施行時よりその規整下に置かれることになつたことは疑いをいれ得ざるところであり、同法施行時より後は右汚物収集を業とせんとする者は同法の定めるところに従いその営業許可を取得すべきものであつたのであつて、同法施行後暫時の間、行政庁側においてし尿浄化槽内汚物に関しその規整を放置していたとしてもそれは<証拠>によつて認められるように清掃法施行時におけるし尿浄化槽の普及の程度、或はその性能よりみて敢えて市町村において収集処理しなければならぬ状況に達しないと判断し、元来法律上規整すべきものを単に一時見合わせていたにすぎないのであり、法の運用方針問題にすぎないのであるから、清掃法施行時よりし尿浄化槽内汚物の収集業者は同法の適用を受けていたものと解することに何んら支障を来すものではない。そうすると前記通達は清掃法施行当時の行政庁のし尿浄化槽内汚物取扱業者に対する取締放置の方針を一変し、取締を強化することを明らかにしたにとどまり、右通達施行時より清掃法の適用範囲を拡大しようとするものではないから、かような法の運用方針変更時をもつて法施行時と同一視することは許されない。原告の主張を容認する余地は存しない。原告の主張は法の経過規定に関する独自の解釈論と言わざるをえず、これを採ることはできない。

(三) よつて原告の汚物取扱業許可申請に対して被告としては平塚市の人口及びその増加率既に許可を与えた業者の営業能力、平塚市(長)の監督能力、許可申請者の営業能力及びこれまでの実績、その有する職業選択の権利その他諸般の事情を裁量のうえ許可不許可の処分をなしうるのである。もとより申請者の有する職業選択の自由は憲法上保障されている基本的人権である故、これが侵害となることは許されないが、他方右基本的人権も公共のの福祉制約下にあることが特に法文上明らかにされているものであり、結局汚取扱業許可申請に対する判断は清掃法の立法趣旨規定あるいは憲法などからみて、不法と断ぜざるをえないような場合つまり行政庁に委ねられた裁量権の行使を逸脱したような場合を除けば第一次的には行政権の範囲に属するといわなくてはならない。

そこで本件につきこれを考察するに<証拠>によれば、平塚市には既に六業者が許可を受けて割当区域を定められて営業していること環境衛生局長より前記第一六二号の通知が発せられるや被告は右六業者に対し割当区域の、尿浄化槽内汚物の収集等に遺憾なきようその設備をととのえることを指示しこれに応じた六業者の手により右通知の実施期日昭和三八年一月一日よりし尿浄化槽内汚物の収集がなされていること、いまあらたにし尿浄化槽内汚物収集等のため業者を加える必要は余りなく、これを加えると既存六業者が被告の指示に応じてなしたし尿浄化槽内汚物収集のため投下した設備を無用なものとするおそれがあることが認められる。他方原告の営業実績等については<証拠>によれば原告は昭和三七年一一月二日設立登記をなしており、本店は神奈川県中郡大磯町大磯一〇九三番地に置かれ、その目的はし尿浄化槽の管理清掃(この点については当事者間に争いがない)新設、改造衛生工事及び給水排水工事並びに右に付帯する物品販売及び工事一式とされるところ、原告がその前身なりと主張する富士興業有限会社或は湘南興業有限会社のうち富士興業有限会社は昭和三四年二月二一日設立登記後、平塚市長より汚物収集業者に対する許可をえて毎年度これを更新しつつ原告とは完全に別個にその営業を続けてきていること、湘南興業有限会社は昭和三五年一二月六日設立登記をなし、その本店を原告のそれと同一番地に置いたことは認められるもののその後解散登記等は何んらなされていないうえその目的は清掃業一般、衛生工事並びに上下水道工事一般それらの付帯事業とされ、原告の目的のごとくし尿浄化槽なる文言を用いていないこと、また代表取締役は訴外小池正であつて原告代表者は単に取締役に就いていたにすぎなかつたことなどが認められ従つて富士興業有限会社或は湘南興業有限会社が原告の前身であるとの原告の主張を採用することはできないし、さらに原告は汚物取扱許可を一切有していないうえ、その営業区域は平塚市外に広汎に広がりむしろ平塚市外の方に主たる営業区域があること、それがために原告の手により被告が取扱許可した汚物以外の汚物が市の処理場に搬入されるおそれがあり、それを防止するのは極めて困難であることが認められる。以上の各認定につき、いずれもこれらを覆えすに足りる証拠はない。

しからば原告の反駁(そのうち(二)は被告の被告の答弁及び主張(二)(2)(二)或は清掃法第三条を誤解したものであつて顧慮に値しない。)

その他あらゆる観点よりみても右認定事実を判断の資料としてなした被告の不許可処分を裁量権の範囲を逸脱した不法なものとする事由は見出しえない。

(四) 以上のとおりで、原告の本訴請求は理なきに帰するから、その請求を棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

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